上毛新聞に掲載された顎関節関連記事(オピニオン21)視点#4
2025/06/30

上毛新聞に以前掲載された記事です。全7回ありますのでHP上でも閲覧できるようにしました。お時間あればご一読ください。
前回噛みあわせ治療で体調が回復した症例を挙げたが、その翌週「歯が全くない人は歯が20本以上ある人に比べて抑うつになるリスクが1.28倍と高くなることが神奈川歯科大学などの研究でわかった」という発表があった。例えば噛み合わせが悪いと体調だけでなく脳が退化して無気力となることもある。これは悪い噛み合わせは病気を引き起こしかねないということである。そもそも普段から口をポカンと開けたままの人と口を紡いでいる人では作業能力に差があると言われている。
人は力を集中させるときに無意識に食いしばることが多い。例えば重量挙げの選手は口をポカンと開けた状態で持ち上げたりしない。むしろあれだけの重さを食いしばらずに持ち上げることは困難である。日常でも食いしばりの瞬間は無数にある。車の運転中や一心不乱にキーボードを叩く時やジャンプする瞬間等、挙げ出せばきりがない。事実、私も診療中は頻繁に食いしばっているようだ。
食いしばりは自覚がないことが多いので、気になる人は今すぐ鏡で口の中を見て欲しい。もしかしたら痕跡があるかもしれない。食いしばる時は、歯の内側を舌で押さえつけて外側をほっぺたで押さえつけるので、もし舌の側面に歯型がありほっぺたの内側に噛み傷があれば食いしばりの疑いがある。
人が噛む力は平均60㎏である。人体で最も硬い部分同士がその力でぶつかるのだから衝撃とストレスは相当なものである。食いしばりはいわゆるオーバーワークなのだから当然脳神経に影響があってもおかしくはない。食いしばり治療で頭痛が解消される事が多いのはこういう理由である。
逆に噛む刺激で脳が活性化されることもある。それは適度の刺激が脳に心地良さを与える為である。脳は刺激量が適度であれば「歯ごたえ、噛みごたえ」などで気持ち良さを感じる。例えば揚げたての天ぷらや新鮮な梨などは味だけでなく歯ごたえも実に良い。食通と呼ばれる人々はその感覚も求める。更に噛むという行為は快楽的な行為というだけでなく欲求的や習慣的な行為でもある。飴を舐めながら思わず噛み砕いてしまう経験や、一旦ガムを噛みだしたらずっと噛み続けてしまう経験はないだろうか。
結論として、噛む行為は脳に様々な影響を与えるのである。適度な範囲内では心地良さを感じることもあるが、過度に噛まなかったり噛みすぎたりすると病状が発生するのだろう。つまり刺激が少なければ無気力となり、強すぎるとオーバーワークとなってしまうのだ。
ところで現代社会の問題に引きこもりと過労死があるが、それには無気力による引きこもりやオーバーワークによる過労死もある。この社会問題と噛み合わせ問題がどこか似ていると感じるのは私だけだろうか。